観光 美保神社、美保関
2018-07-05

「烏賊の味 忘れで 帰る 美保の関」虚子
明治 大正 昭和初期多くの文人墨客に愛された町 美保関
国譲りの舞台 美保関へようこそ
出雲の国・美保関 福間館 1717年(享保2年)~2017年 創業300年

2018年6月松江での八雲会総会の翌日好天に恵まれ、私は訪れた。青石畳通りの町並みでは上記のような句碑や看板を見つけた。
この島根半島の東先端の小さな平和な漁村に関心を寄せる人は多かったらしい。岬の地蔵埼の眺望も美しい。前述の通り、高浜虚子をはじめ幾人かの俳人、画人、歌人の名前を読むことが出来て、小泉八雲もその一人である。
八雲は英語で観光ガイドを書いている。

From Matsue to Mionoseki by steamer is a charming journey in fair weather. … Then suddenly the little packet whistles, heads for a grim promontory to port, glides by its rocky foot, and enters one of the prettiest little bays imaginable, previously concealed from view. A shell-shaped gap in the coast – a semicircular basin of clear deep water, … [from ‘At Mionoseki’, “Glimpses of Unfamiliar Japan”]
(和訳: 天気の良い日に松江から美保関まで蒸気船で行くのは、なかなか楽しい旅である。・・・すると突然、船は汽笛を鳴らしたかと思うと、険しい岬の方角へと船首を向けた。そして港をめざして、ごつごつした岩の多い岬のふもとをすべるようにして進んだ。
やがて、私たちは、今まで視界から隠されていた、この世のものとは思えないほど可愛らしい小さな入り江に入る。そこは、貝のかたちをした入り江で、透き通るような海水をたたえた半月の形をした湾である。・・・[「美保関にて」、『日本の面影』から])

八雲は福間館と島屋へ泊まったそうだが、今、島屋は跡地になっていて説明の看板とレリーフがあり、そこから港を見渡せる。美保神社の鳥居も見えて、青柴垣神事・諸手船神事などが行われる様子はテレビの地方ニュースで見ることがあり、卵の嫌いな神様の話が有名だ。

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